INTERVIEW

中村俵太
2022

折坂悠太さん

平成元年生まれのシンガー・ソングライター折坂悠太は、フォークやジャズ、日本民謡など多彩なジャンルを混ぜ合わせた音楽と、どこか懐かしい心象風景が広がる詩の世界によって幅広い年代から愛され、激動の時代に強い存在感を放つ。近年はCM音楽や劇伴など活動の幅を広げていく中、2022年5月に自身初となる小説『薮IN』を刊行。渋谷PARCO「PARCO MUSEUM TOKYO」では、「薮」をモチーフとした展覧会「薮IN」を開催し、音楽活動だけでは表現しきれない、内なる混沌を来場者に投げかけた。「薮に入れば無傷で帰れるわけがない」と話すほど苦しみを伴った「薮」の制作期間について。そして、表現者でありながら冷静に時代と向き合う折坂さんが考える「才能」とは。

幼少期に見ていた景色。

初めてギターに触れたのは、父の転勤でイランの日本人学校に通っていた中学生の頃だったと思います。ジョン・レノンが好きな先生がいて、その先生にギター借りて、簡単なコードを教わりながら弾いていました。難しいコードを覚えて自分で曲を作るようになったのは、10代の終わりに再び日本へ帰ってきてから。地元にあるフリースクールには楽器を演奏できる環境が割と整っていたので、そこで友人とバンドを組んで曲を作り始めました。最初に組んだバンドではドラムを担当していて、私が曲を作り、ヴォーカルが歌う。その次のバンドで初めてヴォーカルをやって、ナンバーガールやくるりのカヴァーをしていました。声を張り上げて歌っていたので、声量はそのときに蓄積されたかもしれません。

地元では毎年夏祭りが開催されていて、フリースクールでねぶたを作ってお披露目するのが恒例でした。木と針金を組み合わせて骨組みをつくり、上から紙を貼っていく。人気のあるキャラクターなんかをモチーフに作っていましたね。子どもたちで作ったねぶたがお祭りに出ていて、踊りに行く。あの夏祭りの時期の高揚感や、祭囃子の太鼓音などは鮮明に記憶に残っていますし、自分の作る音楽の中にも少なからず混ざっていると思います。

幼少期に見ていた景色。

「薮」の中へ迷い込んだ、小説と展覧会の制作期間。

小説『薮IN』のチームでもある、アートディレクターの鈴木聖さん、写真家の塩田正幸さんと出会うきっかけとなったのは、2018年にリリースした『平成』というアルバムのアートワークでした。お二人とも、わかりやすいことをしたがらないスタンスというか、そのおかしさがいいんですよね。写真家の中にはいろんなスタイルがあって、撮られる側を盛り立てていい気持ちにさせてくれる人もいるけれど、塩田さんは、自分が意識してこう撮って欲しいと思っている表情をすべて外してくるみたいな(笑)。それこそ、『平成』のジャケットで僕の首が曲がっている写真は、気を抜いた瞬間を撮られました。鈴木さんも、圧倒的なセンスがありつつもわかりやすいデザインをする人ではなくて。その違和感を大事にする姿勢に共感しています。

「薮」の中へ迷い込んだ、小説と展覧会の制作期間。
2018年にリリースされた2ndアルバム「平成」のジャケット。

『平成』のリリース後、2019年の弾き語りツアーでパンフレットを鈴木さんにデザインしてもらい、交流のあるアーティストとの対談などを収録したファンブック的なものを作ったんですけど、その後、読み物としてもっと硬派な単行本を作ってみたいと思うようになりました。鈴木さんと話しながらぼんやり本の構想を練り始めた頃に、渋谷PARCOでの展覧会と書籍の話が一気に動き出したので、結果的に、初めての小説を猛スピードで書き上げることになりました。

「薮」の中へ迷い込んだ、小説と展覧会の制作期間。
PARCO MUSEUM TOKYOで開催された展覧会「薮IN」本人直筆のステートメント。(c)PARCO MUSEUM TOKYO
「薮」の中へ迷い込んだ、小説と展覧会の制作期間。
田中菜穂子(月桃雨)が手がけた薮のインスタレーション空間。塩田正幸による映像と折坂による環境音が流れる。(c)PARCO MUSEUM TOKYO

出発点としては、小説に登場する姉弟が何かの周りを歩いている描写を思いついて、その「何か」についてずっと考えていました。祭なんかもいいなと思ったりしたけど、今の自分の心情と照らし合わせて、向き合うなら「薮」だなと。もともと、塩田さんが作品として写真を撮り続けていたグロテスクな薮の風景が目に焼き付いていたので、それが頭に浮かんできたとき、すとんと決まった感じです。なので、小説も、展覧会も、「薮」をテーマに作り始めました。

展覧会だけでなく楽曲なんかもそうなんですけど、受けとる側が観たものや聴いたものを系統立てて整理して、ジャッジしたりするスピードがどんどん上がっているなと感じています。みんな、場を整えることがどんどんうまくなっているというか。「薮IN」を通して、それと真逆のことを私はやりたかったし、さらには「私はこういうショップです」という目を引くプレゼンテーションが集まる、商業施設でやらせてもらえたことに意味があったんじゃないかと。まだ頭の中をあんまり整理できていないけれど、今はそんな風に思っています。

「薮」の中へ迷い込んだ、小説と展覧会の制作期間。
360 Reality Audioによる立体音響体験ができる空間。(c)PARCO MUSEUM TOKYO

実際に小説を書き終えて、展覧会も終えたとき、心底ほっとしました。当たり前ですが普段の自分の音楽活動と全然ベクトルが違ったので、何をやっても間違っている気さえして、苦しかったです。「薮」はもう存在してしまっていて、そこに向かって全力で慣れない筋肉を使わなければならないという、重たい時間でした。だけど、一生忘れられない時間でしたね。

正しく「薮」に入れば、無傷で帰れるわけがないんです。「薮IN」というプロジェクトもまた、それくらいのものを私に残したし、私も、パルコやお客さんたちに残せていたらいいなと思っています。関わっていただいた方全員に、「一緒に『薮』へ迷い込んでくれてありがとうございました」と言いたいです。

折坂悠太が考える、才能とは。

折坂悠太が考える、才能とは。

例えば、人の命に近いところで働いている人たち、看護師さんとか、介護士さんとか。その日その日、「人が今日どう生きるか」に重きを置いている仕事がありますよね。命に関わる職業の場合は、わかりやすくそれが見えてきますが、実はどの仕事にも言えることなんじゃないかって思います。特にアーティストの仕事をしてると、武道館や東京ドームでの単独公演が成功のモチーフというか、そこに行き着いたら一つのゴールみたいな傾向があって。私もそう思っていた時期がありましたし、物語として楽しむ要素ももちろんあると思います。だけど実際はおそらく、私みたいに表現をする者も、命の現場で働いている人たちと同じように、今日をどう生きるか、不自由なことをどう解決していくか、ということと向き合い続けてく生活者でもある。そのことに気がつけるかどうかが、才能なんじゃないかと。自分が報われるわかりやすい終わりなんかないんだって諦められる人、だけどそれを楽しめる人。そういう人は、才能があると思っています。

コーチのように見守っている、もう1人の自分。

幼い頃から、自分を客観的に見ているもう1人の自分がいます。コーチのような心強い存在です。厳しかったり、多少バカにされたり。こういう仕事をしていると、自分のやっていることが、軌道から逸れているかいないかは必要な視点なので、「そっちじゃないよ」と言ってくれる人がいるおかげで、最悪の事態は免れている気がしていて。全部、言いなりというわけでもなく、話し合いながら調整している感じですね。その声のせいで生き辛い時期もあって、折り合いがつけられるようになるまでには、けっこう時間がかかりました。

レコーディングやライブで没入して歌っているとき、熱量があがっていく場面でも、どこかで制御する人が常にいるから、割とすぐ元に戻ることができる。よく、私は歌の中で緩急があると言われるんですけど、自分で自分を監督しているみたいな感覚がどこかにあるかもしれません。小説の執筆中も、コーチは相変わらず厳しかったですね。本のことを思い出すたびに苦しかった時間が甦ります(笑)。でもコーチがいなかったら、簡単に満足してしまっていたと思います。今回初めて小説を書きましたが、どこか悔しい部分も残っていて、次はもっともっと時間をかけて書いてみたい。その分、また険しい「薮」の中へ迷い込んでいく気もするんですけど、そうじゃないと表現できないものを作りたいです。

コーチのように見守っている、もう1人の自分。

折坂悠太

平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年よりギター弾き語りでライヴ活動を開始。2015年のろしレコードを旗揚げし、自主制作アルバム『あけぼの』をリリース。2018年10月にリリースした2ndアルバム『平成』がCDショップ大賞を受賞するなど各所で高い評価を得る。2019年にはドラマ『監察医 朝顔』主題歌に「朝顔」が抜擢され、2020年同ドラマのシーズン2の主題歌続投も行い、同年3月にはミニアルバム『朝顔』をリリース。また、映画『泣く子はいねぇが』では自身初の映画主題歌・劇伴音楽も担当し、サントリー天然水、サントリー角ウイスキーのTV CMソングを担当するなど活躍の幅を広げている。2021年秋、3年ぶりとなるアルバム『心理』をリリース。2022年5月13日には初の展覧会「薮IN」をPARCO MUSEUM TOKYOで開催し、初の同名著書作品『薮IN』を刊行。
https://orisakayuta.jp/

Photo: Masashi Ura
Styling: Daisuke Iga (band)
Hair & Make-up: Shinji Konishi (band)

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