INTERVIEW

田中千恵子
一流ブティックが立ち並ぶサントノーレ通りに店を構え、国内外で注目を集めるコンセプトショップ「Brigitte Tanaka」のデザイナー、田中千恵子。東京を飛び出しパリでの生活を始めてすぐに、現在のビジネスパートナーであるブリジット氏と出会い、意気投合。家族のようになんでも言い合える関係になった2人は2017年に同ショップをスタートし、アイコンでもある刺繍入りのオーガンジーバッグが、ファッションブランドや美術館とのコラボレーションで進化を続けている。近年はデザインに収まらず、フランスと日本のアーティストを迎え、パフォーミングアートのプロジェクト「Rencontre au Jardin (ランコントル・オ・ジャルダン)」にも意欲的に取り組んでいる田中さん。つねに直感に導かれ、思い悩むよりもすぐに行動するイプ。渋谷PARCOで働いていた時代の景色や、パリに来て変化した自身の価値観など、率直に語ってもらった。
パリに暮らし始めてすぐに出会った、最高のパートナー。
パリに住んでみて感じるのは、街がコンパクトで移動が簡単なこと。私は自宅のアトリエからお店やマーケットなど、ほぼ毎日自転車で移動しています。街のいたるところで展覧会やパフォーマンスが行われていて、しかもそれをお手頃な価格で見に行けるので、気軽にいろんなアートに触れることができるのが魅力だと思います。先週の日曜日も、ピナ・バウシュの舞台を観に行ったばかり。日本だったら、滅多に見られないようなアーティストのパフォーマンスも、近くの劇場や美術館で見られる機会に恵まれています。カフェに入ったら隣の席で有名なアーティストがコーヒーを飲んでいたり、映画みたいな偶然もたくさん。意外かもしれませんがパリの人たちは気さくで明るい方が多いので、私もフィーリングが合いそうと感じた人には「あなたは普段何をしてるの?」と、つい喋りかけてしまいます。そこからコラボレーションに発展することもあって、おもしろい街なんです。

「Brigitte Tanaka」を一緒に始めたブリジットと出会ったのは、私がパリに暮らし始めてからすぐのことでした。彼女のアクセサリーブランドにコンタクトを取って、話してみたら偶然同い年で、お互いアートを勉強していたバックグラウンドや、旅が大好きなこと、彼女が日本に住んでいた経験もあって意気投合。「友だちになろう」と言われ、はじめは週一くらいで、そこから7,8年一緒に働いたのかな。仕事も一緒、バカンスも一緒、ほぼ家族のように長い時間を過ごした結果、2人でブランドを立ち上げることとなったんです。私の「タナカ」という苗字と、彼女の名前である「ブリジット」を組み合わせて2017年に「Brigitte Tanaka」が誕生しました。ブティックは、サントノーレ通りのサン・ロック教会に隣接する場所で、内装は「Brigitte Tanaka」という一人の女性が暮らす自宅をイメージしています。

ずっと一緒にやっているだけあって、ブリジットとは何でも言い合える関係です。日本と違って包み隠さずストレートに伝えてくるので、好きじゃないデザインに対しては「これ好きじゃない」とはっきり言われますし、こちらもつい言い方がキツくなっちゃうこともあって、今でもしょっちゅう喧嘩をしています(笑)。彼女と出会って仕事をしていくうちに、だんだん、自分も正直に意見をぶつけないと良いものを作れないと気づいて。違うと思ったら、はっきり伝えるようになりましたね。彼女のことは、最高のパートナーだと思っています。
間違いや調整を繰り返していくことで、正解に辿り着く。

ブランドを始めた当初は、二人が蚤の市などで見つけたアンティークの雑貨や文房具をリメイクして、新しいプロダクトに作り変えるコンセプトでやっていました。それから、二人とも学生時代にアートを勉強してきたこともあって、何か日常生活でアートを持ち歩けるようなアイテムがあったらいいよね、と話しているうちに生まれたのが、現在のシグネチャーでもある、オーガンジーの刺繍ショッピングバッグでした。最初はコットン素材で試作もしたんですけど、オーガンジーで作ってみたら軽くて透け感も美しいし、クオリティも上がって。お魚、お肉、パン、薬局、4種類の刺繍で展開を始めると、想像以上の反響がありました。そこから、ファッションブランドや美術館などのコラボレーションが次々と実現して、自分たちの中でもコンセプトが強くなっていきました。生地の色を染めてみたり、形を変えたり。インドの工場の方たちも、トライ&エラーを繰り返しながら、一緒に成長していいただいているような安心感があります。色々な方とコラボレーションさせていただくことで、自分が想像できないリクエストが届いたり、そこから新しい扉が開く感覚があって、とても楽しいです。

日本にいた頃は、一度決めたらこうじゃなきゃダメ、みたいな硬いイメージが頭のどこかにあったと思うんです。新しいデザインを提案するときも、これで正しいのかと気になってドキドキしていた気がします。こっちに来てからは、考え方が大きく変わりました。パリの人はすごく自由だし、軽やか。ファッションもアートも、ものを作る時は、だいたい失敗や調整を繰り返しながら進んでいくんですよ。やっていくうちに正解が見えてくことがほとんど。だからラフスケッチとか、ドラフトの段階が全然怖くなくなりました。
さまざまな乗組員を乗せて前進を続けるパルコはまるで、宇宙船のよう。
渡仏前は、4年ほど渋谷の「Theatre Products」で働いていました。渋谷PARCOの目の前、ゼロゲートという建物に「Theatre Products」の直営店がオープンするタイミングで、ファッションの勉強もしてこなかった私が店長を任されることになったんです。それが2004年の出来事で、途中でショップが渋谷PARCOの中に移動したり、お客さんがいない時間はこっそり店内のピアノを弾いたり、当時パート3にあったPARCO MUSEUMで、「シアタープロダクツの現場」という展示を行った記憶があります。展示は、オフィスで行う打ち合わせやデザイン、リースの対応など、日々の制作現場を会場内でパフォーマンスのように公開する、おもしろい取り組みでした。4年ほどの短い期間でしたが、私にとっては10年間くらいに感じる濃い年月でしたね。

それから20年越しの2024年、渋谷PARCOの改装5周年のタイミングで、「Brigitte Tanaka」として1Fでポップアップの出店をさせていただくことになりまして。声をかけてもらった時は、凱旋のような気持ちで嬉しかったですね。もともとシアターで同僚だった子たちが集まって、スタッフとしてお店に立ってくれて。一日店長さんみたいな感じで、代わる代わる私の友人が手伝ってくれたんです。当時お世話になっていたパルコの社員さんにもすごく久しぶりに会えて、なんだか同窓会みたいでした。私にとってパルコは、「宇宙船」のイメージなんです。なんだろうな、常に未来に向かって進んでいる感じがするし、さまざまな国籍やカルチャーの人が混ざり合っている。それが、いろいろな星に寄って、宇宙人たちを乗せて飛んでいく船みたいに見えるんです。乗組員たちは皆、いつも新しいことに取り組んでいて、それが全然型にはまっていないというか、うごめいている感じ。久しぶりに訪れた渋谷PARCOは、自分が通っていた頃とは全然違う姿になっていたけれど、すごく刺激的で、ワクワクする空間でした。
とりあえず海外に出て過ごしてみたら、きっと自分自身のことが見えてくる。
私はずっと、自分の直感を信じて行動してきたと思います。言葉じゃなく、対峙した瞬間に感じるものや、頭に思い浮かんだことを信じて進んできました。まさに、石橋を叩かずに渡るタイプです。だけどその分、何度も橋から落ちているんです(笑)。どんどん落ちて、ボロボロで這い上がって、泣きそうになりながらなんとか渡り切る。それを繰り返していくことで、自分でも想像していなかったような新しい景色が見えてきます。だから、失敗や逆境がある方が好きなんです。もし今、海外で何かを挑戦してみたいと思っている人や、少しでも興味がある人は、迷っていないですぐに航空券を取って、思い切って住んでみることをおすすめします。3ヶ月でも、1年でもいい。別の土地で生活をする時間が、確実に人生を豊かにしてくれると思います。自分自身を知るきっかけにもなるし、自分の国を知ることにもなる。今はインターネットで世界中のたくさんの情報を得ることができるけれど、現地で過ごして、身をもって体感することが何よりも大切だと感じます。ファッションの聖地と言われているパリに憧れる方もたくさんいると思うのですが、実際は……という感覚も、ぜひ体感していただきたい。そこから「やっぱりファッションじゃなかった!」という方向転換も全然いいと思うんです。


この街では、パティシエだった人がある日突然アクセサリーデザイナーになったり、大人になってからの転身もたくさん聞きます。そもそも、人間はそうあるべきじゃないかなと思うようになりました。大学受験とか、就職試験とか、私は当時から意味がわからなかったんです。何になりたいかなんてすぐには分からないし、一度やってみないと、それが好きかも、自分に合っているかもわからない。時間をかけて悩んでそこに向かって行くよりも、楽しそうだと思った方向にとりあえず進んでみると、だんだん形が出来上がっていく。そっちの方が、私には向いているんだと思います。

田中千恵子
「Brigitte Tanaka」ディレクター、デザイナー。大学卒業後、2004年より「Theatre Products」で小物のデザイナー、渋谷PARCO店の店長を経て独立。2008年に渡仏。ビジネスパートナーであるBrigitteさんのアクセサリーブランドで働き始めたことをきっかけに意気投合。2017年に「Brigitte Tanaka」のショップをオープンし、目利きの二人が選んだアンティーク雑貨をリメイクしたアイテムや、オリジナルの刺繍アイテムを販売。なかでも刺繍入りオーガンジーバッグは、「UNDERCOVER」や『ドラえもん』など、数々のコラボレーションを叶えてきた。2022年より、パフォーミングアートを軸としたプロジェクト「Rencontre au Jardin」を始動。歴史的な宮殿であるパレロワイヤルなどパリの街を舞台に、日仏の文化を織り交ぜた実験的なパフォーマンスイベントを定期的に企画している。https://www.instagram.com/brigittetanaka/
Text: Satoko Muroga(RCKT / Rocket Company*)