INTERVIEW
MES
共同制作による映像作品やビデオインスタレーションを発表してきた新井健と谷川果菜絵によるアーティストデュオ・MESは、近年、身体を伴うパフォーマンスへと表現の形式を変えながら制作を続けている。レーザーやサーモグラフィといったテクノロジーと、蝋燭や蓄光素材、身体といった物質的/身体的なメディアを組み合わせ、政治、災害、ジェンダーなど、社会に横たわるさまざまな事象を主題に作品を発表してきた。その一方で、レーザーVJとしてクラブやライブの空間演出にも継続的に携わり、美術制作とパーティー演出を両輪に、現代美術とクラブカルチャーを往還してきた。
活動11年目を迎える2026年、10月23日より渋谷PARCO 4F「PARCO MUSEUM TOKYO」にて展覧会『レイ/RE-I』を開催する。会期中には、MESがキュレーションする「アートウィーク東京」連動のパーティーや、9F「DOMMUNE」でのトークセッションなどの連動企画も予定されている。その先には、ロサンゼルス現代美術館と高知県立美術館を結ぶ国際協働プロジェクトも控えている。
映像から身体への変化、渋谷という都市への眼差し、痛みや社会、そして今後の展望まで。これまでの活動を振り返りながら、MESがいま何に関心を寄せ、身体を通して社会へ何を投げかけようとしているのかを聞いた。
映像の中のアクションから、観客の目前に立ち現れる身体へ
新井健(以下、新井):私たちは、もともと自分たちのやっていることを「パフォーマンス」として強く意識していたわけではありませんでした。映像作品のなかで身体を使ったり、ストリートで何かアクションを起こしたりはしていたけれど、美術館やギャラリーのような屋内空間、観客に囲まれた空間のなかで、それをひとつのパフォーマンスとして見せることはほとんどなかったんです。
谷川果菜絵(以下、谷川):きっかけになったのが、メキシコでの経験でした。東京のギャラリー「eitoeiko」が参加するアートフェアのパフォーマンス部門にも出てみないかと勧めてもらった。東京のように大量の機材を持っていける環境ではなかったので、「それなら蝋燭でできることをやってみよう」と考えました。
新井:そこで行ったのが、「CEASE FIRE=停戦」という言葉を刻んだ蝋燭を使ったパフォーマンスでした。一つひとつ手で文字を彫った蝋燭を身体につけて火を灯し、互いの身体に蝋を垂らしていく。現地で見てくれた鑑賞者の中には、「能や舞踏のように見えた」と直接言葉を投げかけてくれたり、反応してくれたりする人もいました。そういった反応の一つ一つが刺激的だったことと、人と人、アーティストと鑑賞者のそもそもの距離の近さを感じたんですよね。それこそデモにも参加したり。
谷川:「Free Palestine」を掲げるデモに参加しました。4車線の道路を埋めるほど人が集まり、明確なリーダーがいるわけでもないのに、同じ言葉を繰り返しながら人がどんどん加わっていく。スペイン語がわからない私たちにも、その言葉がすぐに身体に入りました。東京で、「都市やメディア」というものを考えていた時とは違って、社会というものが一気に「生身のもの」、身体的なものとして感じられたんです。その経験もひとつの契機となり、映像のなかだけではなく、観客の目の前に実際の身体を置くことに、アートとしての可能性を感じるようになりました。
撮影:カルロス
撮影:竹久直樹
「痛み」を共有すること、MESという「二人」のあいだから「社会」を考えること
新井:蝋燭を使ったパフォーマンスでは、熱い蝋が身体に落ちる。それに耐えるという、自分たちの身体にある種の負荷をかける行為があります。行為そのものだけを考えれば、もしかしたら何千年前でもできたことかもしれない。でも現在には現在のコンテクストがあって、そこへ古くから存在する身体的な行為を移植しているような感覚があります。生でパフォーマンスを見ている人には、「熱いんじゃないか」「痛いんじゃないか」という感覚が生まれる。時には、自分たちが実際に感じている以上の「視覚的な痛み」を観客が受け取ることもあります。ただ、そこで立ち上がるのは痛みだけではありません。BDSM(拘束や支配・服従などを含む性的実践の総称)的なコンテクストで捉えると、互いの身体に蝋を垂らしながら、同時に相手を支え、ケアする関係も生まれている。「他者がいるから自分がいまここに存在している」という関係性まで、二つの身体を通して見せることができるんです。
谷川:今現在、SNSを開けば、戦地をはじめ、遠くで起きている凄惨な出来事が映像として瞬時に届きます。目の前にいる人の痛みを理解するよりも、画面の向こうで同時に起きている痛みに反応することもある。痛みとの距離や、受けるショックの大きさが、すべて等間隔になって、ものすごい速度でやってくるような感覚があります。でも、それを「自分の痛みだから表現する」というルートで作品にしているわけではないんです。そもそもMESは、二人の間で社会的なものが生まれているところがあって。同じ景色を見ていても、「こんなに違うことを考えているんだ」と気付くことがある。相手が考えていることを想像できない、それをいつも痛感しています。だからこそ、視覚的に「痛み」とされているものが、本当にそうなのかということも、ずっと問い続けているんだと思います。そういう意味では、自分自身の内側を掘り下げて、それをそのまま作品として提示することとは少し違うのかもしれません。二人のあいだにある関係や、その関係を取り巻いているものへと視線が向いていく。そこから、自分と他者、内と外、そのあいだに引かれる境界について考えるようになりました。
新井:私たちが共鳴してきたのも、社会のなかで「ノイズ」とされてきたものや、そこから除外されてきたもの、社会が求める一定のリズムに乗ることができず、こぼれ落ちてしまったものです。そうしたコミュニティや音楽、アートから、自分たち自身も大きな影響を受けてきました。
公共性を信じながら、社会に「亀裂」を入れる
新井:活動初期には、自分たちが照明演出でも継続的に関わっていたクラブ「青山蜂」をめぐる経験をきっかけに、都市そのものや、都市のなかに引かれた境界を強く意識していた時期がありました。ちょうど2018年前後は、東京オリンピックを控えて渋谷の再開発が進み、宮下公園をはじめ街のいたるところが工事現場になっていた。それまでクラブという室内に向いていた自分たちの意識が、街や都市そのものへと向かっていった感覚があります。そこから繋がり、考え続けていることが「公共性」ということかもしれません。
谷川:「公共性」か、確かに。今の世の中は、公共の場が為政者に私的に扱われている。表現もどんどん私的な方向へ向かっているように感じます。私的なものを開示したり、実人生のすべてを切り売りして見せたりすることがアートなのかと言われたら、私たちはそうではないと思っている節がある。私たちは二人でやっているので、そもそも「自分」という単位だけでは完結しない。二人のあいだにある関係や、それを取り巻くものへ自然と意識が向いていく。だからこそ、公共性や社会みたいなものが、まだ存在していけることを信じたいんだと思います。一方で、今のアートでは、露悪性やアイロニーを扱うことがすごく難しくなっているとも感じています。建前があった頃は、その裏にあるものを一生懸命見ようとしたり、それがちらっと見えることで心が動いたりすることがあったと思うんです。でも今は、皮肉が通用しにくくなっていて、すべてが「嘘か、まことか」というジャッジメントに捉えられてしまう。
新井:現実のなかに極端な露悪性や皮肉そのものが立ち現れている。そういう社会に対して、アートやさまざまな表現がアイロニーや風刺で応答しようとしても、その表現自体が現実の側に回収されてしまうよう。じゃあどうすればいいのだろう、ということは常に考えています。私たちはもともとアイロニーが好きだし、そういう表現もやりたい。でもここ最近は、むしろ「ストレートパンチ」のような、まっすぐな表現を続けている感覚があります。
谷川:それでも、今回の渋谷PARCO「PARCO MUSEUM TOKYO」での展示では、街やほかの場所とのコントラストを強く意識しています。明るくきれいに、フェスティバルのように整えられていく都市のなかに、どうやって「クオリティの高い亀裂」を入れることができるのかを探っています。渋谷の街も、自分たちが見てきたこの10年だけでも、すごく大きく変化していて。その時間の流れのなかで感じてきたことを、作品にしていけたらと思います。
新井:コロナ禍にスクランブル交差点の前に立った時、サイネージを含めた人工光がすべて消えて、街灯だけが残り、人もいない景色のなかにいたんです。その時、ふと空を見てから地面に視線を戻すと、月明かりが一直線に落ちていた。星がめちゃめちゃ見えて。サイネージのように、暗い場所を煌々と照らし、無理やり明るくして注目を集めるような水平の光がなくなった途端、これだけ視線が上に向かうんだ、ということに気づいたんです。「上から光が落ちてくるんだ」と感じるような景色を見たことが、すごく記憶に残っています。あの体験は、渋谷という街の見え方をもう一度変えてくれました。それまでとは違う角度から街を見るきっかけをつくる。そういう「窓」や「装置」のようなものを、作品や表現によってつくることはできるんじゃないかと思っています。
「SPECIAL IN YOU.」撮影、そしてPARCO MUSEUM TOKYOでの展覧会へ
谷川:(今回の広告「SPECIAL IN YOU.」は)夜明けの城ヶ島で撮影を行いました。出演する側になってみると、ステージに立つ人がなぜ最後にスタッフへ感謝するのかもよくわかりました。キュレーターやディレクター、インストーラー、エンジニア。作品はたくさんの人に支えられてできている。そのこと自体は普段から感じていたけれど、それを別の側から一気に目の当たりにするような経験でした。この企画には、ある種の「広告ではない広告」のような面白さを感じています。何かの商品を売るために戦略的に誰かを起用するというより、実際に作品やクリエイティブをつくっている人たちそのものにフォーカスする。それは出演する人のスタンスだけではなく、PARCO自身がどういうものを面白いと思っているのか、その姿勢を示すものでもあるように感じました。
新井:現場でどんどんカスタムしながら衣装を決めていく、そのプロセスに何かグルーヴ感のようなものを感じました。普段私たちが関わっているライブの現場と重なる部分があったので、撮影が進むにつれてテンションが上がったし、とても楽しい撮影でした。
谷川:そして今回、PARCO MUSEUM TOKYOでは、パフォーマンスを展覧会の大きな軸にしたいと考えています。ここ数年、映像やインスタレーションのなかで行ってきたことを、よりフィジカルに、自分たち自身の身体を通して観客の前に提示しようと考えています。ひとつの集大成のようなものにできればと思っています。
谷川:会場となる渋谷PARCOがある渋谷は、私たちにとって「第二の故郷」と言うと少し違うけれど、「文化的な故郷」と呼ぶことはできるかもしれません。屋根裏、SHIBUYA-AX、青山蜂、Organ Bar、Ruby Room、Contact、R LOUNGE……。なくなってしまった場所も含めて、自分たちが行ったことのある音楽の箱を数えてみたら、「めちゃくちゃ渋谷にいるじゃん」と気付いたんです。
新井:今回の展覧会でも、資料を読んで、実際に渋谷の街を歩き、そこに書かれているものを確かめるリサーチをしています。昔は存在していたものが工事ですでになくなっていたり、何度も通った場所に、それまで知らなかった歴史が存在していたりする。PARCO MUSEUM TOKYOで展示を見たあと、外へ一歩出た時に、さっきまで歩いていた渋谷が少し違って見える。そんな体験をつくりたいと思っています。
100年前の「熱」を現在へ——ロサンゼルスと高知をつなぐ
谷川:渋谷PARCOでの個展のタイトルは『レイ/RE-I』。そして、2027年2月にロサンゼルス現代美術館で発表する作品は『セイ/SE-I/SAY』というタイトルです。「セイ」とカタカナにすることで、「生」「性」「世」「政」「星」「背」など、いろいろな漢字を当てることができる。そうした複数の言葉が、作品を組み上げていく座標のようになっています。このシリーズでは、レーザーやサーモグラフィ、自分たちの身体、テキストを使いながら、「熱の変化」を扱ってきました。身体に生じる実際の熱と、社会の熱狂や、反対に「冬の時代」と呼ばれるような冷たさを重ねて考えています。今回のプロジェクトでは、高知出身のジャーナリスト・社会運動家、幸徳秋水をひとつの重要な手がかりにしています。幸徳は1905年に渡米し、カリフォルニアで現地のアナキストたちと交流しました。帰国後、「大逆事件」として検挙され、ほか11名と共に1911年に処刑されています。今回のプロジェクトの二拠点、高知とロサンゼルスを結ぼうと考えた時、20世紀初頭に日本からアメリカ西海岸へ渡った人々や、そこで生まれた国境を越えた思想的なネットワークによる、熱量のある行き交いが見えてきました。
新井:リサーチをしていると、100年、120年前の時代の空気が、どこか現在と重なって見える瞬間があります。戦後から現在を見るのではなく、さらに前まで遡ることで、いま起きていることの「位置」が少し違って見えてくる。作品では、サーモカメラで自分たちの身体を撮影しながら、幸徳秋水や、アメリカで活動したエマ・ゴールドマン、その周囲にいた人々が残した言葉をレーザーで身体へ照射することを考えています。レーザーを当てると、文字が熱として身体に記述される。でも、その熱は十秒ほどすると周囲の体温になじみ、見えなくなっていく。火をくべ続けない限り、見えないし、立ち現れないんです。
谷川:ロサンゼルスで発表し、それを高知へと持ち帰る。その移動のなかで、100年前と現在、日本とアメリカ、こちらと向こうを隔てているように見える境界を、もう一度考えたいと思っています。
MES
1991年千葉県生まれの新井健、1991年北海道生まれの谷川果菜絵によるアーティストデュオ。2015年、東京藝術大学在学中に結成し、東京を拠点に活動する。レーザーやサーモグラフィなどのテクノロジーと、蝋燭や蓄光素材、テキスト、身体などを組み合わせ、政治、災害、ジェンダーをはじめとする社会の諸問題や、都市に存在する不可視の境界を捉えるインスタレーション、パフォーマンスを発表。クラブカルチャーと現代美術を横断しながら、光や熱を通して社会を照射する表現を展開している。近年は《DISTANCE OF RESISTANCE 抵抗の距離》《サイ/SA-I》《WAX P-L/R-A/E-Y》などを発表。2026年10月に渋谷パルコ「PARCO MUSEUM TOKYO」にて展覧会『レイ/RE-I』を開催。2027年にはロサンゼルス現代美術館(MOCA)と高知県立美術館を結ぶ国際協働プログラム「JUMP」での作品発表を予定している。
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Text: Shin Francis Miyagi(RCKT / Rocket Company*)